今春お目見えした黒石陣屋跡の御城印

 全国的な「御城印」ブーム。青森県黒石市にあった黒石津軽家の居城・黒石陣屋跡の「御城印」がこの春お目見えし、これで黒石津軽家のルーツである大浦光信(1460~1526年)と縁がある弘前市、鯵ケ沢町と合わせ津軽3市町で御城印が出そろった。同3市町はじめ、同じくゆかりの岩手県久慈市、秋田県横手市は2020年10月、5首長による交流宣言をしている。現在はコロナ禍で社会的に移動自粛の折ではあるが、御城印は観光による広域連携のための強い武器となりそうだ。

 御城印は城を訪れた記念として全国約400カ所の城で授与されており、寺社の「御朱印」と並び人気を博している。

 黒石陣屋は1656(明暦2)年、黒石初代領主津軽信英(のぶふさ)(1620~62年)が築き、その11代目で黒石藩4代藩主承叙(つぐみち)が明治の廃藩置県を迎えるまで215年間、居城としていた。大手門が黒門だったことから「烏城(うじょう)」とも称された。一帯は現在、市民文化会館、市スポーツ交流センターなどの敷地となっているほか、馬場跡が現在の御幸公園に当たる。

 御城印は信英公をまつる黒石神社で1枚300円で授与されている。揮毫(きごう)した津軽承公(つぐひろ)宮司は「陣屋跡の歴史を知るきっかけになってくれたら」と期待を寄せる。

 黒石市のほか、弘前市には弘前城と堀越城、鯵ケ沢町には種里城、久慈市には久慈城の御城印がある。鯵ケ沢町では御城印を収納するオリジナルの「御城印帳」も販売(税込み2500円)している。

 鯵ケ沢町教育委員会は、光信公の鯵ケ沢入部500年に当たる1990(平成2)年に開館した同町の資料館「光信公の館」の出張展示を2017年から毎年、ゆかりの4市で行い、昨年の横手市で一巡。合わせて27日間の会期中、計1800人が観覧した。地道な取り組みは、入部530年に合わせて同町で行った交流宣言の礎ともなった。

 中田書矢総括学芸員は「平成から令和へと、地域の歴史を共有する取り組みは、交流宣言と御城印で新しいステージに進んだ」と喜び「コロナ禍で遠出が難しい今だからこそ、御城印を集める近場の史跡巡りを通して、これまであまり振り返られることのなかった地域の魅力に触れてもらえれば」と話している。

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 光信とゆかりの5市町 南部氏一族だった光信の祖父・家光は横手の金沢城で討ち死にし、当時3歳だった光信の父・家信は久慈に落ち延びる。光信は後に鯵ケ沢・種里に入り、4代後の為信が弘前の堀越城を拠点に津軽を統一。1611(慶長16)年、2代弘前藩主信枚が高岡城(後の弘前城)へ拠点を移す。56(明暦2)年、11歳と幼かった4代藩主信政の後見人となった津軽信英が黒石領の分知を受け、黒石陣屋を構築。1809(文化6)年、黒石8代領主津軽親足(ちかたり)が弘前藩からの援助を受け1万石の外様大名となり、黒石藩が誕生する。

(左下から時計回りに)種里城、久慈城、弘前城の御城印と、鯵ケ沢町の御城印帳

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