青森県黒石市東部の大川原地区で650年以上続くとされる県無形民俗文化財の伝統行事「大川原の火流し」が16日夜、地区を流れる中野川で行われた。舟子と呼ばれる男衆が燃え盛る3隻のカヤ舟を引いて勇ましく急流を下り、水面(みなも)を赤々と染め上げた。
神事を終えた午後7時ごろ、早生(わせ)、中生、晩生の稲に見立てるカヤ舟に据えた高さ3メートルの帆柱に着火。すげがさに野良着姿の男衆約20人が炎を上げる舟を抱えて川に入り、足を取られないよう細心の注意を払いながらざぶざぶと進んだ。
コロナ禍や豪雨被害を受けての河川修繕工事を経て、2019年以来7年ぶりに短縮版ではない本来のコースで実施。地元住民や見物客が川辺から声援とはやし演奏で激励する中、男たちは帆柱が傾かないよう懸命に支え合い、20分近くかけて約500メートル下流までたどり着いた。
大川原地区には南北朝時代に南朝方の落人が移り住んだとの言い伝えがあり、火流しは戦乱の死者の慰霊が起源ともされる。近年はカヤ舟の燃え具合から、翌年の稲作の豊凶を占う行事として定着しており、大川原火流し保存会の佐藤秀春会長(78)は「火の燃え方がよかった。豊作に期待してもいいと思う」と話した。
神事を終えた午後7時ごろ、早生(わせ)、中生、晩生の稲に見立てるカヤ舟に据えた高さ3メートルの帆柱に着火。すげがさに野良着姿の男衆約20人が炎を上げる舟を抱えて川に入り、足を取られないよう細心の注意を払いながらざぶざぶと進んだ。
コロナ禍や豪雨被害を受けての河川修繕工事を経て、2019年以来7年ぶりに短縮版ではない本来のコースで実施。地元住民や見物客が川辺から声援とはやし演奏で激励する中、男たちは帆柱が傾かないよう懸命に支え合い、20分近くかけて約500メートル下流までたどり着いた。
大川原地区には南北朝時代に南朝方の落人が移り住んだとの言い伝えがあり、火流しは戦乱の死者の慰霊が起源ともされる。近年はカヤ舟の燃え具合から、翌年の稲作の豊凶を占う行事として定着しており、大川原火流し保存会の佐藤秀春会長(78)は「火の燃え方がよかった。豊作に期待してもいいと思う」と話した。