市民一丸、50回目晴れ舞台 企業に頼らず「100円カンパ」/私たちのねぶた

50回目の大型ねぶた出陣を迎えた「私たちのねぶた自主製作実行委員会」。美しいはやしが沿道を沸かせた=3日夜、青森市

 お金がなくて苦しい。物も足りない。でもねぶたへの情熱は、どこにも負けない。企業の協賛金に頼らず市民のカンパで青森ねぶた祭に参加し続けている「私たちのねぶた自主製作実行委員会」が50回目の大型ねぶた出陣を迎えた。昨今の資材高騰にも負けず、費用を切り詰め、思いを形にした。モットーは「みんなで作って、みんなで運行」。3日、200人以上が心を一つに街を練り歩いた。

 実行委の誕生は1974(昭和49)年。ねぶたの大型化が進む中、昔ながらの素朴なねぶたをみんなで作って運行しよう-と若者有志が設立した。「『どうせど素人の集まり。数年で終わる』と何度やゆされたことか」と運行責任者の小笠原孝雄さん(75)。そんな悔しさを、制作や運行への力に変えた。団体名の愛称は「わたねぶ」。資金やスタッフ不足などの困難を乗り越え、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う不参加はあったものの、出陣回数を重ねてきた。

 支えてきたのは市民のカンパだ。子どもでも出しやすいように、と決めた「1口100円」は、設立当初から変わらない。大手企業の支援を受け、数千万円単位の資金がある団体と比べると予算は数分の一。潤沢ではない。それでも県外観光客を含めた、ささやかなお金が「誰もが参加できる市民のねぶた」の原動力となってきた。

 「いろんな人の支えで続けてくることができた」と感謝するのは、実行委員長の山内富美子さん(48)。高校生の頃、ふらりと立ち寄り「(制作を)やってみなよ」と声をかけられたのが参加のきっかけとなった。「幅広い世代が分け隔てなく関われるのが魅力」と言う通り、幼児から90代までが小屋を訪れ、制作を手伝ったり見学したり、差し入れをしたりしてくれる。「来る人は拒まず」だ。

 今年は懐事情が特に厳しかった。昨今の世界情勢による資材高騰が制作現場を直撃。木材、針金の仕入れ値は昨年の2~3倍に膨らんだ。恒例の「節約作戦」を敢行し、紙の切れ端も再利用。「うちほどリサイクルを徹底しているところはない。けちけちで通している」と山内さん。教員、農家、建築業…。さまざまな人が本業の傍ら、手を動かし活動を支えてきた。

 今年の題材は「怪談 耳無(な)し芳一(ほういち)」。夏の暑さを和らげるようなテーマを選んだ。「目にした人に一時の涼しさを与えられたら」と制作者の相馬我鵬(がほう)さん(49)。後方の送り絵も例年同様、カンパに協力した市民の名を一人一人墨書きしている。

 この日の夜。団体の設立2年目から加わる小田桐久夫さん(67)の口調は熱を帯びた。「お金はないけれど、負けない。これからも人とのつながりと郷土愛で、マイナス部分を補っていきたい」。ラッセラー、ラッセラーという熱いかけ声が、街中にこだました。

後ろの送り絵部分。カンパした人の名が記されている

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