
伝統芸能として知られる盛岡芸妓(げいぎ)に8年ぶりに新人芸妓が誕生する。見習いの「ひよ妓(こ)」として約5年間稽古に励んできた喜久丸(きくまる)さん(28)=本名・白築(しらつき)真夏さん、盛岡市=が1日、独り立ちする。後継者不足や景気低迷で減少著しい盛岡芸妓にとって待望の新人だが、通例の盛大なお披露目会は新型コロナウイルスの影響で中止に。異例のデビューにも「重圧はあるが文化を引き継いでいきたい」と一人前として決意を新たにする。
喜久丸さんは踊りを週3回、長唄と三味線を週1回習いながら、先輩の「お姐(ねえ)さん」に付いて「お座敷」の経験を積んでいる。
岩手大に通っていた2015年、盛岡芸妓後援会(会長・谷村邦久盛岡商工会議所会頭)が行った見習い募集に応募。16年6月にひよ妓として初舞台に立ち、計5年間の見習いを経て独り立ちを認められた。先輩のてる子さんは「話し方などちゃんとした子で意地もある。芸妓として素質がある」と太鼓判を押す。
盛岡芸妓は明治時代から活躍し、最盛期は100人以上いたとされるが、料亭の廃業などもあり、12年までには現役が5人に減少。同後援会と現役芸妓が積極的に育成事業を続けてきた。現在活動しているのは喜久丸さんを含めて7人となる。
コロナ禍も厳しい環境に追い打ちを掛ける。3月以降予定されていたお座敷はキャンセルや延期が相次ぎ先が見通せない。後援会員の前で踊りや口上を披露するお披露目会も開催されず、喜久丸さんは「皆さんの前でお披露目できず心苦しい」と語る。
それでも、文化を継ぐ重圧を感じながらも「芸をすることの自覚を持って努力し、自分なりのキャラクターを確立したい。会員制交流サイト(SNS)も通じて盛岡芸妓の魅力を発信したい」と意気込む。
喜久丸さんは踊りを週3回、長唄と三味線を週1回習いながら、先輩の「お姐(ねえ)さん」に付いて「お座敷」の経験を積んでいる。
岩手大に通っていた2015年、盛岡芸妓後援会(会長・谷村邦久盛岡商工会議所会頭)が行った見習い募集に応募。16年6月にひよ妓として初舞台に立ち、計5年間の見習いを経て独り立ちを認められた。先輩のてる子さんは「話し方などちゃんとした子で意地もある。芸妓として素質がある」と太鼓判を押す。
盛岡芸妓は明治時代から活躍し、最盛期は100人以上いたとされるが、料亭の廃業などもあり、12年までには現役が5人に減少。同後援会と現役芸妓が積極的に育成事業を続けてきた。現在活動しているのは喜久丸さんを含めて7人となる。
コロナ禍も厳しい環境に追い打ちを掛ける。3月以降予定されていたお座敷はキャンセルや延期が相次ぎ先が見通せない。後援会員の前で踊りや口上を披露するお披露目会も開催されず、喜久丸さんは「皆さんの前でお披露目できず心苦しい」と語る。
それでも、文化を継ぐ重圧を感じながらも「芸をすることの自覚を持って努力し、自分なりのキャラクターを確立したい。会員制交流サイト(SNS)も通じて盛岡芸妓の魅力を発信したい」と意気込む。